木村タカヒロ日記 バックナンバー
日時 | タイトル | 配信数 |
---|---|---|
2018/04/12(木) 09:40 | 【木村タカヒロ日記】Vol. 41 代打木村29才(1994年9月28日) | 78 |
2018年4月12日
おはようございます。木村タカヒロです。
昨日の日記でたけしさんのことを書いたので、
今日はたけしさんについて書いた過去日記を引っ張り出しました。
バイク事故を起こしたあと、
顔面麻痺状態でやった記者会見を見ての感想です。
相変わらず重たい笑。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
1994年(29才)
9月28日
バイク事故を起こして入院していたビートたけしが退院した。
記者会見に挑むその顔はバケモノのようだった。
右目は閉じることができず、口はひん曲がっている。
昨晩テレビで初めて見たときは本当に驚いた。ショックだった。
おもわずお風呂に入ろうとしていた妻を呼んでしまった。
「そんなにまでして出てくることなかったのに」というのが二人の一致した感想であった。
運がよいのか悪いのか。わからん。夢にもでてきた。
しかし、今朝改めてテレビで見ているうちに、だんだんその顔にも慣れてきた。
美しいとさえ思えるようになってきた。
入院中、「生きる死ぬ」ということをたくさん考えたそうだ。
あの人は前からそうだ。
いつも死のことを考えている。
すべてはそこから出発している。
人間という生き物はどうして人生の意味を知りたがるのだろう。
「死」を考えるということは表裏の関係にある「生」を考えるということだ。
なぜそんなことを考えるように人間は創られたのだろうか。
生まれてくるのはたまたまだ。
我が子をみてて本当にそう思う。
いくら考えても理解できない。
不思議でたまらない。
神のみぞ知る、だ。
たまたまいただいた命。
その命の使い方をなんだか難しく考えなきゃいけない。大変だ。
そのように人間はできている。
偶然生まれたのに死ぬのは必然。
生きざま、死にざまは人それぞれ。
正解も間違いもない。
勝ちも負けもない。
死ぬときに「満足のいく人生だった」と思えればいい。
が、満足のレベルをどこに設定するかによってそれは全然違ってくる。
人間はつねに進歩しようとするから、納得のいく死期なんてそれこそ死ぬまでないのだろうとも思う。
あー、いったいどうしたらいいの。
いまビートたけしが死んだって、世の中は何も変らない。
みんな「やりたいことをやり尽くした」「幸せな人生だっただろう」と言うに決まってる。
でもそれは他人が勝手に決めることだ。
俺は今まで一日を満足いくように過ごしたことがない。
いつも「もっとできたはず」と思って一日を終える。
これはずっと変らないと思う。上限がないのだから。
でもそういうもんなんだ、とも思う。
なんだかよくわからないものをつかもうとして必死になっていればよいのだ。
だから答えなんかないのだ。
しかし答えはないが方法はある。
期待しないことだ。
これはもう絶対真理だと確信する。
絵を描く生活、TM瞑想、今まで生きてきたなかでわかった環境のからくり。
いかに期待せずに無邪気になれるかだ。
何も考えないのが一番よい。
それが神に近づく手段だ。
だから子供は神だ。
年をとるにつれ、だんだん人間に成り下がる。
無邪気になる精進をして神に戻って死なねばならぬ。
神は自由だ。子供は自由だ。
ほんとうは人間だってなんだって自由だ。
救われているのだ。
考えるからややこしくなる。
たけしは「せっかく生かしてもらったのだから、これからの人生、大事にする」と言っていた。
素直なことばだと思う。
そう、我々は生かされているのだ。
欲を出しちゃいけない。
「これまで生かしてくれてどーも」の気持ちだ。
そして、今日も絵を描かせてくれてどーも。
素晴らしい家族を与えてくれてどーも。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
顔面崩壊の「顔破シリーズ」がスタートしたのはこの日記から5年たった1999年でした。
では良い一日を!
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
バックナンバーはこちら。 http://lastly-ex.com/bkn42581/tkdiary/
メールマガジンの登録・解除はこちらから。 https://maroon-ex.jp/fx42581/weYe26
■木村創作通信メルマガ https://maroon-ex.jp/fx42581/etYHyx
■木村タカヒロHP http://www.faceful.org/
■キムスネイクHP http://www.kimsnake.jp/
■木村創作教室HP http://flyingdragon.me/